青い空には一片の雲もなかった。夏の日はまぶしくて、頭上をふりあおぐと一分だって

目を開けていることができないくらいだった。

 離れたところで喚声が聞こえた。すぐ近くにプールがあるのだ。

 笑い声にまじって水がばしゃ、ばしゃ!という音も聞こえた。だれかがだれかを大声で

呼んだり、水の中でふざけたりしている気配。彼は仲間たちとそれらに耳を傾けていた。

 ひときわ大きな喚声が上がった。すると、青い空にビーチボールが浮かび上がって、ま

た沈んだ。

 それは半分が赤で残りの半分が黄色をしたビーチボールで、黄色い部分にはウインクを

してほほえみかける女の子の絵が描いてあった。たぶんテレビかまんがの主人公なのだろ

うが、彼は知らなかった。彼はただ、ビーチボールが何度も空に上がるたび、それをばか

みたいに見ていた。

 きれいだな。

 ビーチボールはつやつやと輝き、回転しながら空中に上がり、また回転しながら落ちて

きた。

 気のせいかな。

 彼はビーチボールが自分のほうを見ているように思った。くるくると回転しながら落ち

てくるとき、彼のほうを見てウインクしながらほほえみかけているような。まさか。それ

はボールにそんな女の子の絵が描いてあるだけのことだ。でも、彼は自分の思いを仲間に

言わずにはおれなかった。

 つまんないことを考えるなよ。自分が何だと思ってる。


 仲間はそんなことに関心がなさそうだった。


 ビーチボールは人気者で、片時も休まず子どもたちの手から手へわたっているらしかっ

た。そうして、時おり喚声とともに打ち上げられ、青い空に黄と赤のボールがふわりと浮

かぶ。ボールは高く上がり、それから一瞬空中に停止したかと思うと、急速に落下して、

彼の視界から消える。でも、落ちていくときには必ず、彼に目配せした。彼だけに、熱い

ウインクとほほえみを投げる。彼は、だからビーチボールから眼を離せなかった。ボール

が上がり、落ちていくのを繰り返し見ていた。落ちて行った先では猿のような子どもたち

が先を争ってボールに飛びつくのだろうが、プールの様子は彼には見えない。

 
 それは何十回めのことだったのか。ボールがひときわ高く空に上がったとき、かすかに

風が吹いた。

 
 ボールはゆらりとゆらめいたかと思うと、そのまま彼のほうへと向かってきた。

 黄と赤のボールがみるみる自分にせまってくるのを彼は見た。まるで恋人がいとしい人

の胸にとびこむみたいに。彼の中に驚きと感動が広がっていった。やっぱりそうだったん

だ。さあ、おいで! ぼくの胸に!



 その瞬間、ぷすり、と小さな音がした。



 彼は見た。ビーチボールがみるみるしぼみ、地面に落ちていくのを。

 彼は鉄条網の針金だった。その身体には錆が浮き、夏草がからみついていたけど、鋭く

尖った先は外に向かってぴんと立っていた。

 彼は自分のほんの五十センチほど先に落ちたビーチボールを見た。二度と青い空の中に

身をおどらせることもなく、くるくると回転することもなくなった、しなびたビニールの

塊。あのウインクとほほえみさえ、真夏の熱い地面の上で奇妙にゆがみ、ねじくれつつあ

った。



 でも、ぼくは覚えているよ。彼女がぼくに触れたあの瞬間。


 仲間は聞こえないふりをした。

 遠くから陽に焼けた男の子が一人、ボールを取りに走ってきた。


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