落 語 ふれあいカンパニー

若い男「ふわ〜…バスの中で居眠りしてしもた。しやけどおかしいなあ。『終点まで乗ってください、そしたら目の前です』て電話で言われたのに…どこにもあれへんがな」
老人「あーもしもし、そこのお若いかた」
若い男「は、はい」
老人「いま何かぶつぶつゆうておられたようじゃが、道にでも迷うたかの」
若い男「は、はい。実はこれから面接に行くところなんですが、どうもバスを間違えたようで…」
老人「面接。するとひょっとしてあんたは、東芝立電気に行こうとしてた」
若い男「そ、そうです」
老人「駅前からはぐんじょう色のバスとえびちゃ色のバスとはいあかむらさきのバスが出てるが、その内のはいあかむらさきのバスに乗って終点まで行ったら目の前やと言われたな」
若い男「そそそ、そうです。それで、確かにはいあかむらさきのバスに乗ったんですが」
老人「ふっふっふっ。ひっかかりおったな」
若い男「ええっ!」
老人「あんたが乗ったのは、ふれあいカンパニー行きの専用バスじゃ。それ、そこに看板が見えてるやろ」
若い男「そういえば看板が…。しやけどふれあいカンパニーて何ですか」
老人「会社やがな」
若い男「あんまり聞いたことないんですが、業績のほうは」
老人「うん、まああんまりぱっとしたもんやないけど、ごく一部うまいこといっとるところもある。一部上々企業とゆうてな」
若い男「はあ…」
老人「ここの専用バスは、前はふかみどり色やったんやが、最近わざとはいあかむらさきにしたんや。こないしといたら、あんたみたいに東芝立電気に面接に行く若い人がひっかかるか思て…ほんまにひっかかるとは思えへんかったけどな。むふふふ…いやいやまあそないに怒りな。相互乗り入れの一種やがな。あんたかて経験あるやろ。阪急京都線に乗って梅田に行くつもりが気がついたら動物園前やったとゆうことが」
若い男「あります、あります…それはまた話が違うでしょう」
老人「まあとにかくここまで来たんやから、ちょっとうちの会社を見学していったらどないや。わしが案内したるよってに。なにしろ近頃は就職難や。あんたも苦労してるやろ」
若い男「その通りです」
老人「一方うちの会社では若い人材をほしがってる。つまり、両者の思惑が一致したこうゆうことやな。むふふふふふ」
若い男「ということは、御社では高齢化がすすんでいると」
老人「高齢化がすすむも何も、最初から高齢者だけの会社やからな」
若い男「ええっ!」
老人「これは内密の話やけどな、実は高齢化社会の可能性を探るということで国家がらみのいろんなプロジェクトがひそかに進められておる。何せ五人に一人は高齢者というような時代がもうそこまで来ておる…きょろきょろしてどないするねんな。見えるもんやなし…その時になってあわてんでもすむように、いろいろモデルケースを作って研究してるわけや」
若い男「はー。そんなんがあったとは知りませんでした」
老人「そらそうや。政府の中でもごく一部の人間しか知らん。データは極秘裏に収集されておってな。人よんでXファイルと」
若い男「ほんまかいな…」
老人「疑うてどないする。うちの会社もその一つとゆうわけでな。社長も社員もみんな高齢者。まあふれあいと言うより、ふけあいやな。むはははは…あんたもうまいことゆうなあ」
若い男「何もゆうてませんけど」
老人「ともかく、国がバックにいてるとゆうわけやからつぶれる心配はない。親方ひのまるこちゃんや」
若い男「親方日の丸でええんとちゃいますか」
老人「まあそれでもええやろ…とにかくこんな心強い会社はないで。それにあんたも運がええ。最初にわしに会うたとはな。何を隠そうわしはここの、腕利きの副社長や」
若い男「えっ。副社長さんですか。おみそれしました」
老人「ちがうちがう。腕利きの副社長や」
若い男「それ、つけなあきませんの」
老人「あたりまえやがな。ほれ、そこが社長室や。社長(とドアをノックして開ける)…失礼します。どうしてもうちの会社に入りたいと言う若者を連れてまいりました」
若い男「ゆうてませんって」
社長「どれどれ。ほう…これはまた珍しい生き者じゃのう」
老人「と申しますと」
社長「…しわがない」
老人「それはそうでございます。人間だれでも若い時はしわがない。社長も約八十年前はしわがなかったはずでございます」
社長「ほ、ほんまか!(と言って絶句、硬直する)」
若い男「なんか硬直してはりますけど…」
老人「しゃあないな。後でまた来ることにしょう。なんせ社長も百五才やから、社長の前では刺激的な言動は慎まないかんのやがついうっかりしてな。こないだも吉永小百合が結婚したという話をした途端、まる一日意識不明になった」
若い男「…大変ですねえ。社長さんがあれでは」
老人「そのかわり腕利きの副社長がいてるさかいな。まあしかし、えーその……ナニやからな」
若い男「な、何なんですか。その…ナニというのは」
老人「分からんか」
若い男「分かりません」
老人「…あんたのような人間をナニもわからんやつとゆうんやな。ええか。今のはやな。人間誰しもいつまでも若いつもりでいるが自分では気がつかんうちに体のほうがいうことをきかんようになってくる。少年老いやすく学成りがたし、人のふり見てわがふりなおせ、寄る年波には勝てんと、このような内容をコンパクトにまとめたもんや」
若い男「えーっ!」
老人「驚いてる場合やあれへんで。ほれ、ここが宣伝課や…みんな一生懸命仕事してるやろ」

別の老人(糸井)「副社長、例の広告のキャッチコピーができました」
老人「ああ、宣伝課長の糸井くんか。そうかできたか。見せてもらおう。…えー、なになに。糸井くん、悪いけどこれはボツやな」
糸井「ボ、ボツですって。どどどどこがいけないんです!」
老人「いつもゆうとるやろ。君は広告というものがわかってない。広告というものはな、常に時代の半歩先をいくもんや。それが二歩も三歩も先を行ったらどうなる。大衆はついて来ん。君のこのコピー、そら斬新や。新しい。センスもある。しやけど新しすぎてはいかんのや」
糸井「し、し、しかし」
老人「しかしやあれへん。だいたいじきに世間の流行にまどわされて真似したがるのが君の悪いところや」
糸井「お言葉ですが、副社長は、あ、あ、頭が固すぎます! 若いもんの意見をもっと取り入れてください!」
老人「ふっ。六十七才の青二才に何がわかる。とにかくこのコピーは作り直しや!」
若い男「…いやあ、さすがですねえ。今のやりとり。仕事の厳しさが伝わって来るようでした」
老人「ふふふふふ。君でもわかるか」
若い男「ええ。それで、あの課長さんはどんなコピーを作らはったんですか」
老人「『スカッとさわやか、このコーラ』」
若い男「どこが新しいねん…」
老人「そうや。ついでに総務課に寄って行こか。(ドアをノックする)あー、どないや。うまいこといっとるか。総務課長の青島くん」
青島「あ、副社長。いやー例の件なんですが…田中寅三くんが辞表を出したという」
老人「あーそういえば聞いとったな。辞表。…ひょっとして辞めたいとでもゆうんか」
青島「ま、普通そうやと思いますが…」
老人「何が気に入らんのや」
青島「隣の席の兵藤留吉くんの煙草が我慢できんということなんです」
老人「ほな兵藤くんを山田五郎兵衛くんの隣へ移したらどないや」
青島「私もそう思ったんですが、実は兵藤くんは長島を神とあがめる巨人ファン。一方山田くんは先祖代々の阪神ファンときておりまして、この二人を並べたらどんな恐ろしいことが起こるかと」
老人「ほな、山田くんを野々村新吉の隣にしたら」
青島「私もそう思ったんですが、実は野々村くんは旧長州藩の末裔、一方の山田くんは旧会津藩の末裔。戊辰戦争の時以来の恨みがめんめんと続いております。この二人を並べたらどんな恐ろしいことが…」
老人「ほな野々村くんを加藤甚十郎くんの隣にしたら」
青島「私もそう思ったんですが、野々村くんは貴乃花のファン、一方の加藤くんは枕の下に宮沢りえの写真を敷いてると…」
老人「ほな加藤くんを村田伝兵衛くんの隣へもってきたら」
青島「私もそう思ったんですが、実は村田くんはナンシー・ケリガンの親戚、かたや加藤くんはトーニヤ・ハーディングの親戚で、リレハンメル以来の」
老人「やかましい! なんであんなもんの親戚がいてるねんな。ええかげんにしなはれ。だいたいみんなわがまますぎる。ゆうことが古すぎる。なにがナンシー・ケリガンやトーニヤ・ハーディングや。せめてジャネット・リンと」
若い男「そのほうが古いです…」
老人「やかましい! ととと、とにかくわがままはいかん。職場を何と心得とる。…で、辞表を出したんは誰やった」
青島「田中寅三くんです」
老人「あー、そうやった。そうやった。もうちょっとで忘れるとこやがな。その件はわしにまかせておけ。人間、腹を割って話をしたら何とかなるもんや。あいつもそうわからん人間やないはずやが、ひょっとしたらこの厳しいビジネスの世界で神経を磨り減らし、自分というものを見失っておるのかもしれん。そうや、それに違いない。心配するな、青島くん。ここはわしにまかせておけ」
青島「はい、おまかせいたします」
若い男「いやー、かっこよかったですねえ。さすが腕ききの副社長さんですねえ。ほれぼれしましたよ」
老人「むっふっふっ。まあしかし…えー…その……ナニやからな」
若い男「えっ…」
老人「しやから…その…ナニやがな。わからんか」
若い男「あっ、はい、わかりました。つまり、あの、人間誰しもいつまでも若いつもりでいてるが、自分では気がつかんうちに体のほうがゆうことをきかんようになってくる。少年老いやすく学成りがたし、人のふり見てわがふりなおせ。寄る年波には勝てんと、こういう意味ですね」
老人「(むっとして)失礼な。今のはやな。若いだけでやっていけるほど世の中甘うない。もまれもまれて幾十年、人生の荒波を乗り越えて培われた英知こそがいざという時に真価を発揮する。若いもんに何がわかる。亀の甲より年の功、ワインも寝かせりゃ味が出る、まだまだそこらの若いもんには負けんわい!と、こういう内容をコンパクトにまとめたもんや」
若い男「勝手な人やなあ…」
老人「このくらいわからんようでは社会に出て苦労するぞ。あ、ちょっと社長室へ寄って行こか」
若い男「あの…社長さんにはさっきもうお会いしましたけど」
老人「何かいやがっとるんか、君」
若い男「いえ、そういうわけでは…」
老人「ほなええやろ。(ドアをノックして)社長…ああ、もうすっかりもどってはる」
社長「わしは高野豆腐か…何か用か」
老人「うちの会社に何が何でも入りたいという人物を連れてまいりました」
社長「ほう…これはまた珍しい生き物じゃのう」
老人「と申しますと」
社長「しわがない」
老人「特異体質でございます」
社長「ほ、ほんまか!」
若い男「あの…また硬直しはりましたけど」
老人「しゃあないなあ。ほな宣伝課に寄って行こか」
若い男「あ、あの、そこもさっき寄らせていただきましたけど」
老人「あんた、何かわしに不満でもあるんか」
若い男「い、いえそんな」
老人「ほな黙ってついてこんかいな。だいたいあわてても無駄やで。はいあかむらさきのバスは今日はもうないんやから」
若い男「えーっ!」

老人「どれどれ、みんなまじめに仕事しとるかいな」
糸井「副社長、例の広告のコピーができました」
老人「おおそうか。見せてもらお。なになに…糸井くん、何回ゆうたらわかるねん。君のコピーは斬新すぎる。こういうものを書きたい気持ちはわかるが、まあ十年早いな」
糸井「し、し、しかし」
老人「しかしも六階もない」
糸井「それも言うなら、誤解も六階もないと…」
老人「やかましい。腕利きの副社長のわしがあかんとゆうたらあかんのや!」
糸井「副社長の、い、い、石頭!」
老人「とにかくもう一回つくりなおしや!」
若い男「あのう、今度はどんなコピーやったんですか」
老人「教えてほしいか」
若い男「ええ」
老人「教えてやってもええが、あんたのセンスで理解できるかなあ」
若い男「はあ…」
老人「『ハエハエカカカ、ゴキゴキゴキ』」
若い男「何か似たようなコピーがあったような…」
老人「(ギョロリとにらんで)そんなはずはないっ。…ええっと、次は総務課やったな」
若い男「あのう…この会社は社長室と宣伝課と総務課しかないんですか」
老人「あんたなあ」
若い男「はい」
老人「口数の多い人間はろくな目にあわんぞ。ゆうとくけど、今までここへ来た若者で無事に帰ったもんは一人もおらんのやからな」
若い男「す、すいません! 平にお許しを…あー、何かえらいことになってきたがな」

老人「あー、総務の青島くん。何か変わったことはないか」
青島「はい、例の件なんですが。田中寅三くんが辞表を出したという…」
老人「あー、そういえば聞いとったな。うん辞表なあ。…ひょっとして辞めたいとでもゆうんか」
青島「はい」
老人「何が気に入らんのや」
若い男(横から)「そ、それはあの、兵藤留吉さんの煙草が我慢できなかったということじゃないんですか」
老人「(ギョロリとにらんで)なんであんたが知ってる」
若い男「なんでて…(泣きそうに)そら知っててあたりまえでしょ!」
青島「副社長、ひょっとしたらわれわれの知らないうちに機密がもれているのでは」
老人「うーん。そういうこともあるかも知れん。なにしろ田中くんが辞表を出したのはかれこれ十年前やからのう」
若い男「十年!…(ひっくり返る)」
老人「これこれ、そんなところでひっくり返ってどないする。まだ社内見学の途中やろ。これから社長室へ」
若い男「(泣きながら)それはもう十分見学させてもらいました…」
老人「宣伝課もあるぞ」
若い男「ああーっ(泣く)」
そこへ突然現れたのは白衣の看護婦。ただし、これもどう見ても七十は過ぎているというおばあちゃん看護婦さん。
看護婦「あー、またやがな、またやがな。かなんなあ。若い人をどっかから拾てきてはおもちゃにするのん、やめてくれ言うてるのに…あんたも災難やったなあ。どうせまた、ここは高齢者だけの会社やとか何とか聞かされたんやろ」
若い男「えっ、違うんですか」
看護婦「あたりまえやがな。そんなもんあるかいな。ここはふれあいカンパニーという名前のケアハウス、つまり現代風の老人ホームやがな」
若い男「えーっ!」
看護婦「あの人らもな、ひまやよってに会社ごっこしてますねん。まあ、あないさしとったらボケもせんと元気でいてるさかい、ほっといてるんやけどね。面倒みてる私らの苦労もわかってほしいわ…私はここの専属の、腕利きの看護婦長やけどね」
若い男「はあ…」
老人「ふっふっふ。また若いもん相手にええ加減なことを言うとるな。あんた、だまされたらあかんで。そのおばはんこそ、ここをケアハウスと勘違いして看護婦ごっこをしてる難儀なやつや。その白衣かて自分でナンバ行ってNGKの向かいで買うてきたやつや。せっかく普段から見て見ぬふりして好きにさせたってるのに、恩知らずにもほどがある」
看護婦「ななななな何やて。言わせておけばでたらめばっかり。あんたみたいな年寄りにそんなこと言われたないわ!」
老人「わしかておまえみたいなばばあと話しとないわ!」
若い男「あ、あの、落ち着いて…」
老人「そや。若い人に聞いてみよ。あんた、どない思いなはる。わしのゆうことと、このおばはんのゆうことと、どっちが正しいか。ここは会社か、それともケアハウスか」
看護婦「ケアハウスやろ!」
老人「会社やろ!」
若い男「……(泣きながら)あの、それは、その……ナニですわ」


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