落 語 こたつみかん


 言葉というのは時代とともにどんどん変わっていきます。少し前に「カウチポテト族」という言葉がありま して、これはカウチ、つまり長椅子に寝ころんでポテトチップスか何かを食べているという、つまり家の中で ごろごろしている人たちのことなんですが、これを聞いた奥様たちはさっそく「ほな私ら"こたつみかん"や なあ」と言い出した。いうまでもなく、冬の寒い日に、動くのが難儀なもんですからこたつに入りっぱなし。 みかんと週刊誌とテレビのリモコンさえあったらこっちのもんやと、まあそういう生活であることは聞いたら すぐわかる。  ところがこれが何百年もたって世の中ががらりと変わると、わからんようになるんですね。特に地球の温暖 化が進むと・・・・。 吉田「先生、こんにちは」 先生「おお、だれかと思えば小学校のときの 教え子の吉田くんやないか。まあお入り」 吉田「ええ時候になりまして」 先生「ほんまや。さすがに三月ともなると春らしいなるな。天気予報によると今日の最 高気温は三十五度ぐ   らいまで上がりそうや とゆうことや。まあ二十五世紀に入ってから気温の低い年が続いてたけど今年は   普通通りやな」 吉田「やっぱり真夏になっても四十度くらいしか上がらないと気分が出ませんからね。あ、これ、つまらな   いものですが」 先生「おお、りっぱなバナナやな」 吉田「ええ、母がベランダ園芸が趣味でして。 あと、パパイヤとかパイナップルももうじき実がなりそうで       す」 先生「そういえば今朝は極楽鳥がどっかで鳴いとったな。ほんまに春やのう・・・ところで今日は何の用や」 吉田「ええ、実はこないだ家で押入を片づけてましたら、何代も前のご先祖さま、というか、ひいひいひいひ       いひいひいひいひいひい・・・」 先生「何を苦しんでる」 吉田「・・・ばあさんが書いたらしい日記が出てきまして」 先生「ほう」 吉田「おもしろそうやから読んでたんですが、中にどうしても意味のわからん言葉があるんです。何しろ昔の   ことで、いまとは言葉も生活習慣も全然ちがいますからね。でも先生やったらご存知やないかと」 先生「むふふふふ。その通り、むかしから生き字引とか地引き網とかいわれたわしや。わしにわからん言葉は   まずないといってええやろ。どんな言葉や」 吉田「こたつみかん、というんですが」 先生「はあ?」 吉田「こたつみかん」 先生「・・・言うのを忘れとったが、わしはあくまでも日本語が専門や。その、ご先祖さんは日本人か」 吉田「そうですが」 先生「まさかクロアチアとかボスニアヘルツェゴビナ出身とちゃうやろな」 吉田「ちがいます」 先生「その・・・年代はいつごろのもんや」 吉田「二十世紀の終わり頃です」 先生「えらい昔やな」 吉田「ええ」 先生「そのころに文字は発明されとったんか」 吉田「しやから日記が残ってるんですって」 先生「いやな先祖やな」 吉田「ひょっとして、先生、ご存知ないと・・・」 先生「なななな何をいうか。わしにわからんわけがないやろ。えー、えー、その、こたつみかんやろ」 吉田「はい」 先生「うーんと、その、ヒントはないのか」 吉田「クイズとちゃいますよ、先生」 先生「その、前後はどう書いてあった」 吉田「えーと、こうです”一九九×年某月某日・今日もこたつみかんで日が暮れた”と」 先生「それだけか」 吉田「それだけです」 先生「いやな先祖やな」 吉田「次の日も、”今日もこたつみかん”、その次の日も”今日もまたこたつみかん”これが一週間ほど続く   んです。いったい これは何を意味するのかと思うと夜も寝られません」 先生「うーん。わかってきた。いや、最初からわかってたんやが、いまのヒントでそれが正しいということが   確かめられた」 吉田「さすが先生、どういう意味なんですか、こたつみかん」 先生「君は知らんやろがな、二十世紀というのは実に大変な時代やった。二十世紀というと、何しろ今から五   百年前や」 吉田「は、はい」 先生「いまから五百年前というと、二十世紀や」 吉田「話が進みません」 先生「当時、人々は狩りをして暮らしておった。主に何を穫っていたかといえば、マンモスや」 吉田「マンモス!」 先生「何か意外か」
吉田「い、いえ別に」 先生「現在のわしらからは想像もできんが、当時はマンモスが往来をのしのしと歩く。公園のベンチにナウマ   ン象が腰掛けとる。ふと空を見上げればイグアノドンとかプテラノドンとかゲイラカイトが電信柱にひっ   かかってるという時代や」 吉田「ゲイラカイトは違うように思うんですけど・・・」 先生「細かいことにこだわる人間は出世せんぞ!」 吉田「すいません」 先生「さて、そのマンモスやが、肉はなかなか美味やったらしいな。おまけに牙とか皮も高値で売れるから男   と生まれてマンモスを狙わんわけにはいかん。マンモス捕りの 名人といえば当時はエリート、男の中の    男、憧れの的や。どうもわしの先祖はそうやったらしいな」 吉田「先生も好きなこと言いますね」 先生「しかしあんな大きなマンモスを相手に闘うのは誰にでもできることやない。庶民はそこらにぐずぐずし    てるしょーむない、ちっさい、恐竜のできそこないみたいな動物しか捕られへん。君のご先祖がそう    やった」 吉田「ほっといてください」 先生「その、しょーむない動物の中でも一番しょーむないのんがコタツミカンや」 吉田「あっ、そうなんですか」 先生「このコタツミカンというのはあんまり味がようない。小さいから食べるとこも少ない上に小骨が多い。    おまけに身がぱさぱさして歯にはさまりやすい。普通はあんまり食べへんとこやが、君のご先祖は食べ    とった。わしの先祖がマンモスのステーキでディナーパーティーをやってるときに、君のご先祖はコタ    ツミカンの炊いた汁をご飯にぶっかけて食べとった」 吉田「先生、なんか僕に恨みあるんですか」 先生「気のせいやがな・・・その日記を書いた君のご先祖は、毎日ため息をついとった。” あーあ、隣のご    亭主は今日も大きなマンモスしとめて帰って来たっちゅうのに、うちの人はまたコタツミカン三匹や。    育ち盛りの子供が四人もいてるっちゅうのにコタツミカン三匹でどないせえゆうんや! やっぱりこの    結婚は間違いやったんや。(泣きながら)実家のおかあちゃんのゆうとおりやったんや・・・え? お    なか減った? わかった、わかった、いまご飯の用意するがな。何? コタツミカンはもう飽きた?     やかましわ! おとうちゃんが甲斐性がないよってしょうがないんや! 私が好きであんなもんおかず    にするわけないやろ! ・・・悪かった悪かった、おかあちゃんが悪かった。泣きな、泣きな。あー    あ、鼻たらして・・・待ってな。いま用意するからな。(泣きながら、言葉も切れ切れに)これからコ    タツミカンの皮むいて、骨取って、アク抜きして、煮込むさかいな”・・・コタツミカンは下ごしらえ    に時間がかかってな。それで”今日もコタツミカンで日が暮れた ”となる」 吉田「はあ」 先生「何か腑に落ちん顔やな」 吉田「い、いえ別に」 先生「まあ何しろ大昔のことやから、ある程度推測が入るのはやむを得んな。わしもほぼ正しいとは思うが       絶対に正しいという自信はない。そや、何やったらそこの椰子の木の角曲がったとこに物知りのご隠居   さんが住んではるから、いっぺん聞いてみるか」 吉田「その人やったらわかるんですか」 先生「まあたいていのことはわかるやろ。何しろその人のご先祖は大昔、アップダウンクイズに出てな。みご   と十問正解してハワイへ」 吉田「行ったんですか」 先生「行くかと思ったが十問目でまちごうて落ちてしもてな、その後さらに答をまちごうて失格になったそう   や。まあその血を引いてる人やから」 吉田「どんな血や・・・まあほなら聞きに行ってきます」 吉田(歩きながら)「なんや先生もたよんないなあ。何がコタツミカンのぶっかけや。えーと、ここやな。こ    んにちはー、ご隠居さん」 隠居「ああ、君か。いまそこの先生から連絡もろた。何や聞きたいことがあるそうやな」 吉田「はい。実はこうこうこういうわけで、日記に意味不明の言葉が出てくるんです」 隠居「ふんふん、何ちゅう言葉や」 吉田「こたつみかん」 隠居「はあ?」 吉田「こたつみかん」 隠居「ほー」 吉田「ご存じですか」 隠居「あたりまえやがな」 吉田「本当ですか。教えていただけるんですね」 隠居「もちろんや。しかし、その前にまあ参考までに聞きたいんやが・・・あの先生は何とゆうとった」 吉田「それは、あの、これこれで、貧乏人の食べるしょーむない動物やった、と」 隠居「ほほー。なるほど、そうきたか・・・むふふふふ。あいつもなかなか考えたな。しかしまああいつの知   恵もそこまでか・・・勝った」 吉田「何かおっしゃいましたか」 隠居「いや、何でもない。君、えー、吉田くんやったかな」 吉田「はい」 隠居「はっきり言おう。それは間違いや。何の根拠もないでたらめや」 吉田「あっ、そうなんですか。いや、ぼくも何となくおかしいなーと」 隠居「そうじゃろ、そうじゃろ。コタツミカンがそんなけったいな動物のはずがない。それは漫才師の名前    や」 吉田「漫才師ですか」 隠居「君は知らんやろがな、二十世紀というのは実に大変な時代やった。世の中はかつてないほどの不景気。    会社はばたばたと倒産する。失業者は町にあふれるという時代や。君のご先祖もその一人やった」 吉田「やっぱりそうなるんですか」 隠居「何の、恥じることはない。当時は人口の半分以上は失業してるわけや。定職についているのはほんの一    部のエリート。まあわしの先祖なんかはそうやったらしいが、君のご先祖は失業してみじめな生活をし    ておった」 吉田「好きにゆうてください」 隠居「その、暗い世相の中で人々に笑いを与えた漫才師。これが有名な横山コタツ・花菱ミカンや」 吉田「はあ」 隠居「二人はたちまち人気者になってな。”こんにちはー、横山コタツでーす””花菱ミカンでーす””君ん    とこに囲いができたそうやな””へー””君、おならしたやろ ””へー”・・・まあこんな感じや。    わはははは」 吉田「全然おもしろくないと思うんですけど」 隠居「そ、そらそうや。正直ゆうてわしもおもしろいとは思わん。ゆうてて恥ずかしかったくらいや。いくら    君に説明するためとはいえ、なんでこんなしょーむないことをいわなあかんのかと、一瞬自分自身の中    で葛藤が起きた」 吉田「そんなふうにはみえませんでしたが」 隠居「やかまし・・・しかし、何しろいまから五百年前や。はっきりゆうて当時の人間はあんまり頭が良うな    かった。頭がええのはわしのご先祖のような一部の人間だけで、君のご先祖はこうゆう漫才を喜んで聞    いとったわけや」 吉田「ほっといてください」 隠居「二人はたちまち人気者になってな。寄席は大盛況、テレビドラマに出るわCMに出るわチャンネルをど    こにまわしてもコタツミカン、コタツミカン。CDを出すとこれがまた大ヒットして宇多田ヒカルも真      っ青」 吉田「そらすごいもんですね」 隠居「君のご先祖も、生活は苦しい、職安にでもいかなあかんと思いつつ、ついついテレビのコタツミカンを    見たりコタツミカンの歌を聞いたりしてだらだらと時間を過ごしてしまう。気がつけば夕方、と言う状    態や。その日記はどんな風に書いたあった」 吉田「ええっと、”今日もコタツミカンで日が暮れた”としか書いてなかったと思うんですが・・・あっ、そ    ういえば確か”私はだめな女だ”と」 隠居「そうじゃろ、そうじゃろ。これではいかん、これではいかんと思いつつだらだらとした生活から抜けら    れんという当時の人々の実態がよくわかる。これは非常に貴重な歴史資料や」 吉田「なるほど。さすがご隠居さん、きょうはいろいろ勉強になりました。ところでコタツミカンがCDを出    したということですが、それはどんな歌なんですか」 隠居「聞きたいか」 吉田「ええ」
隠居「歌とゆうてもまあ彼らのテーマソングのようなもんでな。♪うちら陽気なかしましコンビ〜誰が言った    かしらないが〜とか何とかいう歌や」 吉田「えっ」 隠居「まあ君は知らんやろが、コタツミカンというのは音楽的な才能もなかなかあってな、ノコギリをひいて    ”お〜ま〜え〜は〜あ〜ほ〜か〜”とやることでも知られた。あと、ふとんまわしの特技も持ってた    し、年をとってからはぼやき漫才に転向して、”責任者、出てこい!”というギャグで新境地を開い     た。いやー、実に多才なコンビやったなあ、うん、うん」 吉田「あの」 隠居「ん?」 吉田「さっきの歌はかしまし娘のテーマソングです」 隠居「どきっ」 吉田「それに、ノコギリで”お〜ま〜え〜は〜あ〜ほ〜か〜”とひくのは横山ホットブラザースですし、ふと    んまわしは平和ラッパさん、ぼやき漫才は人生幸朗さんでしょう」 隠居「ばれたらしゃあないな。えー、その、わしもコタツミカンについてはあんまりくわしいことは知らんの    や。何やったら、そこの横手のマングローブの林の陰のアパートにわしより物知りの人が住んではる    よって、その人に聞いてみ。何しろその人のご先祖は大昔”クイズ・グランプリ”に出てチャンピオン    大会まで行った人や。得意なジャンルは文学・歴史」 吉田「へー」 隠居「この界隈では”博士”と呼ばれとる。くやしいけどわしよりよう知ってるかも知れん」 吉田「そうですか。ほな行ってきます」 吉田(歩きながら)「ほんまにろくな人はいてないな。こっちが知らんと思てむちゃくちゃゆうて・・・何が    ふとんまわしや・・・おっと、ここやな。ごめんください、博士さーん」 博士「おー、だれかと思たら・・・誰や」 吉田「初めまして。実はこうこうこういうわけで、そこのご隠居さんに博士にいっぺん聞いてみろといわれま    して」 博士「なるほど。あいつもたまにはええこと言いよる。で、その言葉というのは」 吉田「こたつみかん、というんですが」 博士「こたつみかん」 吉田「はい」 博士「ふむふむ」 吉田「ご存知なんですか」 博士「当然やがな」 吉田「あの、ほんまに、ほんまに、ご存じなんですね」 博士「何やそら・・・よっぽどけったいな話を聞かされたらしいな。安心せい。わしはあいつらとは違う。君    も苦労したようやが、今度こそまともな話が聞けると思え」 吉田「なんか涙が出てきました・・・ではお願いします」 博士「まず、その日記が書かれたのは二十世紀というのがポイントや。君は知らんやろが、二十世紀というの    は実に、大変な時代やった。どう大変やったかというに、今とは比べものにならんくらい、気温が低    かった。人々は冬になると毎日”寒い、寒い”とゆうとった」 吉田「寒い、というと」 博士「うーん。現代のわれわれにはちょっと想像しにくいが、まあ冷蔵庫の中に入ったようなもんかな」 吉田「それは寒いというより狭いんじゃないですか」 博士「うーん。でなければ、ほれ、あの、ぞーっとすることがあるやろ。たとえば夜中にトイレに行きとう    なってよろよろと歩いていったところへ化粧を落としたよめはんとばったり顔をあわせて、思わずひ    やーっとなったあの瞬間。あれがずーっと続いてるのが”寒い”ということや。そんな経験あるやろ」 吉田「あいにくそんなことは・・・」 博士「いっぺんうちのよめはん貸したろか」 吉田「い、いえけっこうです」 博士「まあとにかく、当時は気温が非常に低い。いまは十二月でも水泳ができるが、当時そんなことをしたら    即死や。水泳は七月・八月にやるもんやった。・・・いまはそんなときに泳いだら火傷するけどな。そ    こで、寒うて死なんように暖房器具というものが必要やった。こたつというのもそのひとつや」 吉田「へー。そうなんですか」 博士「こたつのほかにストーブとかあんかとかいろいろあったらしい。とにかく何にも暖房器具を使わんかっ    たら死ぬんや」 吉田「大変ですね。で、こたつというのはどんな仕組みになってたんですか」 博士「うーん。それはあんまりくわしくわか ってないが、何やその、四角い、固いもんやったらしいな。    で、それを、寒うて死にそうなときにどないかするとぬくうなって死なんですむ」 吉田「よくわかりませんが」 博士「そらそうや。五百年前のことやからな。 とにかくわしの研究によるとこたつというのはいろいろな暖    房器具のなかでも安価やった」 吉田「えっ、こたつはあんかなんですか」 博士「いや、その、値段が安かった」 吉田「ああ」 博士「ストーブとかエアコンとかセントラルヒーティングとかいうものもあったが、それはみな高うてな、貧   乏人には手が届かん。で、君のご先祖はこたつを使うてた」 吉田「やっぱりそうなりますか」 博士「何も恥じることはないぞ。貧乏人の子孫やからゆうて。そらわしの先祖は金持ちやった。ストーブもセ    ントラルヒーティン グもエアコンも使うてた。しやけどそれが何や。単に金持ちやったゆうだけのこ    とやないか。みんなからうらやましがられてたとしても、それが何や。たまたま上流家庭に生まれただ    けのことやないか。君のご先祖がなんぼ貧乏でも、それは」 吉田「もうよろしいわ。要するにこたつというのは貧乏人が使う暖房具やった」 博士「そうそう」 吉田「で、みかんというのは何なんですか」 博士「みかんやろ」 吉田「はい、みかんです」 博士「みかん、みかん・・・えーっと、(あんこ椿は恋の花のメロディーで)みいっかんおくれのたよりをの    せて〜という歌がある、あの、みかんやな」 吉田「はあ?」 博士「えーっと、あっ、思い出した。みかんというのは植物の一種や」 吉田「植物」 博士「さよう。もちろんこれも今は絶滅してないがな。当時はどこにでもあった植物らしい」
吉田「地球環境も変化しましたからねえ。で、そのみかんというのはどんな植物やったんですか」 博士「うーん。これも実はあんまりわかってないのや。まあわしの研究によると大した植物ではなかったらし    い。背丈は三十センチくらい。ひょろひょろっとした茎に葉っぱが二、三枚つくというしょーむない植     物や。花はめったに咲かんが、まれにつぼみがつくと不吉な知らせやと恐れられた」 吉田「へー。で、”こたつ”と”みかん”がくっついて”こたつみかん”というのはどうしてなんですか」 博士「そこや」 吉田「はい」 博士「この、こたつというのはな、油断してるとすぐにみかんが生えるのや」 吉田「えっ」 博士「こたつというのは暖房器具の中でも手軽で人気があるんやが、唯一の欠点はみかんが生えるということ    でな。庶民にとってはこれが悩みの種やった。何しろみかんというのは成長速度が速い。トイレに行く    前はなかったのに帰ってきたら生えてたりする」 吉田「それは困りますね」 博士「新聞の集金が来て”はーい”ゆうてお金を払うて戻ってくるともう生えとる。台所で天ぷらを揚げてる    間に生える。うっかり居眠りでもしたらコタツ中みかんだらけで身動きできん。当時はこれで死んだ人    もあった」 吉田「ええっ」 博士「ここがつらいところや。こたつがなかったら寒うて死ぬ。ところがこたつを使い始めると今度は”みか    ん死”の恐れが出てくる」 吉田「な、何て悲惨な」 博士「君のご先祖は、しやから、かたときも休まずみかんをひっこ抜いた。一本抜いては父のため、二本抜い    ては母のため。あちらと思えばまたこちら。ほとんど”もぐらたたき状態”でゆっくり暖まってるひま    もない。しやけど寒さで死ぬのは惨めやし、みかんで死ぬのはもっとなさけない。あの家のだれそれは    ミカンで死んだと、孫子の代まで後ろ指をさされる。笑われる。蔑まれる。それは、こたつみかんが貧    乏の象徴やからや」 吉田「ひどい、ひどすぎます。ああ・・・貧乏が憎い、みかんが憎い!」 博士「きみのご先祖はすっかりみかんやつれした顔でため息をついて言う。”ああ、なんでこんな生活せなあ    かんねやろ。うちの亭主がもっと甲斐性があったら、ストーブでもパネルヒーターでもセントラルヒー    ティングでも好きにできたんや。そしたらこんな苦労することもなかったのに・・・やっぱりこの結婚    は失敗やった。あのとき、おとうちゃんの勧めてくれたあの縁談を断ってなかったら、いまごろこんな    苦労せなんだのに。なんで、なんでこんな、こたつしか買われへん男と結婚したんやろ。うちがあほ    やった。男をみる目がなかったんや・・・泣いてる間にまたみかんがにょきにょき生えてきたがな。    あ、こっちにも、あ、こっちにも・・・ああ、なさけないなさけない・・・”それでその日記にあるよ    うに”今日もこたつみかんで日が暮れた。私はだめな女だ”となる」 吉田「そうですか。(涙声で)ぼくの先祖も苦労したんですね。いや、今日は勉強になりました。ありがとう    ございます」 博士「何の何の、わしの日頃の研究の成果の一端を披露したまでじゃ。礼には及ばんぞ」 吉田「ところで、さっき博士が歌うてはった歌は何なんですか」 博士「うん?」 吉田「みいっかんおくれえの〜という」 博士「ああ、あれか・・・えらいこと聞きよんな。あれはちょっと歌うただけやのに」 吉田「え?」 博士「いや、何でもない何でもない。えー、あれはな、えー、あれは、そのー、なんと いうか、ちょっと長    うなるからこの次にしよか」 吉田「そんなこといわんと教えてください」 博士「うーん。ぜひにというなら教えんこともないが、えー、そのー、実はみかんというのはしもやけによく    効くという効能があった」 吉田「しもやけ?」 博士「さっきもゆうた通り、当時は非常に寒かった。寒すぎて身体のあちこちがむずむずとかいいなってくる    病気が”しもやけ”や」 吉田「知りませんでした」 博士「そらそうや。すでに地球上から消滅したと、WHOも発表しておるからのう。しかし、二十世紀末には    まだまだ死亡率の高い病気やった」 吉田「死ぬんですか」 博士「死ぬ死ぬ。それも身体中がかいいてかいいて、いてもたってもいられんようになって死ぬわけやからこ    んな悲惨な死に方はない。ところが、このしもやけによう効くのが、みかんの葉っぱ。とりたてのみか    んの葉をよくもんで患部にあてると効く」 吉田「へー」 博士「そこでさっきの歌や。これは親元を離れてひとりで暮らす学生が、暖房器具も不十分で全身しもやけ、    余命いくばくもないという状況で必死になって足をかき、背中をかき、ついでに親に手紙を書いて送っ    たという歌や。おかあさん、みかんを送ってください、みかんを送ってください・・・すなわち、♪み    いっかん送れのたよりをのせて〜となる。わかったか、わかったな。ほなこれで」 吉田「待ってください。すると、その人はこたつを持ってなかったんですか?」 博士「うーん・・・持ってたけど故障しとった」 吉田「故障!」 博士「言うのを忘れとったが、こたつというのはしょっちゅう故障をするという難点もあった。故障をすると    たちまちしもやけになって全身かきむしらなあかん。文字通り身をかきむしるほどの苦しみ、生き地    獄。で、故障が直ってこたつが使えるようになると」 吉田「今度はみかんがにょきにょき生えてくる」 博士「ほっとくとみかん死やから必死でみかんを抜く。そうこうするうちまたこたつが故障する」 吉田「こたつが故障するとしもやけができる」 博士「ほっといたら死ぬ。しかしそのときにはみかんはない。故障したこたつにはみかんは生えてこんから    な」 吉田「つまり、みかんがあるときにはしもやけがない。しもやけがあるときにはみかんがない・・・ああ、な    んというジレンマ、なんという不幸」 博士「わかったか。いかに、二十世紀の庶民の生活が悲惨なものであったか。君らはほんまにええ時代に生ま       れたわけや」 吉田「はい、今日は本当に、訪ねて来たかいがありました。さすが博士。ありがとうございます」 博士「ほっほっほっ・・・やれやれうまいこといった」 吉田「何か言いましたか」 博士「いやいや何でもない」 吉田「ところで、博士にもうひとつお聞きしていいでしょうか」 博士「なんじゃ」 吉田「日記にもうひとつわからん言葉が出てくるんです・・・”またひばち”」 博士「ええかげんにせえ」

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