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Novels/落語  ウランティア


 ウランティア

 

嫁  「ほなお義父さん、行ってきますよって。留守頼みますわ」
義父・文太郎「はあ、明子さん、またサークル活動とかいうやつかいな。しやけど、わしもこれから出かけるつもりなんやけどなあ」
明子 「またあれですか、ボランティア活動で道路の掃除するとか? ご熱心なことで」
文太郎「そうそう。これでも毎日忙しいてボランティアしてるひまもないんやけど、しやけど、わしが掃除せえへんかったらこのへんの道路もどないなるやわからん。大変やけど、せいぜい能率アップして、明子さんより早う帰るようにしまっさ」
明子 「はあ、そうですか。まあ家でごろごろしてられても何ですから、忙しいゆうのはけっこうなことですわねえ。ほなまあろしゅう頼みます」
文太郎「はー、行った、行った。ほなわしも出かけるとしようか。しやけど、最近は競争相手も多いからな…ああ、やっぱりや。もうあっちこっちでボランティアの年寄りが道路の掃除しとる。通行人より掃除ボランティアのほうが多いくらいや。これやったらわしの場所があれへんがな。掃除はもちろん、空き缶は空き缶で別のボランティアが片づけよるし、しやけど、家に帰ってもすることないし。テレビもろくな番組やってないし、朝ご飯は食べたばっかりやしラジオ体操は第一も第二もやったし、朝刊はすみからすみまで読んだけど夕刊が来るまで間があるし」
見知らぬ男「もしもし」
文太郎「え? ひょっとしてわしのことでっか」
男  「そうです。ひょっとして、ボランティアで掃除をしに来たものの、場所がないとか」
文太郎「わかりますか」
男  「大きな声でひとりごと言うてはったからわかります。なんやったら、ちょっと、私とごいっしょに」
文太郎「まま、まさか!」
男  「いやいや、あやしいもんではありません」
文太郎「そういうやつが一番あやしい! ゆゆゆゆうとくけど、わしの腕を見込んで闇の組織に売り込もうとか、このいぶし銀のような風貌を見込んでドラマの主役にスカウトしようとか思てもあかんぞ!」
男  「あつかましい人やなあ。だれがそんなまあ、ちょっと来てくれたらわかります」

 文太郎が用心しながらもついていくと、そこはとある民家の一室。同じような年格好の老人が何人か集まってます。

  「さあ、ここまで来たらもう大丈夫。いや、実はわれわれは秘密の組織をつくっておりまして、私が会長です」
文太郎「ひひ秘密の組織!」
会長 「何をやっているかというと、ボランティア活動。それも、大きな声では言えない『裏ボランティア』。略してウランティア」
文太郎「アトムの妹の」
会長 「それはウランちゃん。そうやなくてウランティアです。いやまあ、名前はどうでもいい、ことはないんですが、その、なんといいますか、世の中、ボランティアをしたいという人が増えてきました。特に若い人で何かボランティアをしたい、世の中の役に立ちたいという人が増えてきました」
文太郎「けっこうなことですがな。いまどきの若者も捨てたもんやない」
会長 「もちろんそうです、ですが、気持ちばかりで、実際にはその、あんまり役に立たない場合もあるんです」
文太郎「はあはあ、そうでっしゃろな」
会長 「うまくいかないと、中には『ああ、自分は何をやってもだめな人間だ』と落ち込んだり、ひきこもったり、自殺を考える若者もいる」
文太郎「若者は傷つきやすいですさかいな」
会長 「そうそう。そんな不幸な結果を招かないよう、なんとか『ボランティアをしたいという人のニーズにボランティアでこたえる』、『人助けをしたい人にさせてあげるという人助けをする』これがわれわれウランティアの創設趣旨です」
文太郎「はあ。わかったようなわからんような」
会長 「とりあえず活動報告を聞いてもらいましょか。えーと、宮本さん、今週はどんな活動をされました」
宮本 「あ、はい。私は公園でいつものようにベンチに所在なげに座っておりました。すると、年の頃なら二十二、三の、ボランティアをやりたそーな青年がやってきましたのでいつものように頃合いを見計らって涙をハンカチでぬぐう仕草をしました」
会長 「宮本さんの得意のパターンですな」
宮本 「はい、私はこの通り見かけが貧相でいかにも不幸せ…ほっときなはれ。思った通り青年は『おじいさん、おじいさん、どうしたんですか、何か悲しいことでもあるんですか』と聞くので『いやいや、何でもない、何でもないほんまに何でもない』と、いかにも何かありそーに言いました。すると『おじいさん、悩みを胸にかかえていては苦しいだけじゃないですか』と言うので『しやけど、話す相手がおらんのじゃ。わしは孤独で孤独で』『ああ、どうか僕に話してください。僕でよかったら話し相手になりますやん!』『そうかそうか、聞いてくださるか。ありがたいありがたい。実はわしは嫁と折り合いが悪く、女房には早くに先立たれ、息子は単身赴任、孫は少年院、誰も見ていないのをいいことに、嫁は毎日ろくに食事も与えず、掃除洗濯炊事に三助、すべてわしに押しつけ、おまけに酢を飲ませては玉乗りの練習をさせ、失敗するとむちでしばきまくる。ああ、わしはそのうちサーカスに売り飛ばされるのじゃ。おいおい』『おじいさん、泣かないでください!』『こんなことなら生きていてもしようがない。おいおい』『そんな悲しいことはいわないでください。元気出してください』『おお、おお、励ましてくれるんか』 『てゆーか、もし、サーカスデビューしたら、僕が見に行きます!』」
会長 「宮本さん、サーカスにいきまんのか」
宮本 「いや、まあ、その、素直な青年で。とにかく『そそ、そうか。ありがとうありがとう。とにかくあんたに話をきいてもろただけで、なんか心が軽くなったような気がする。これでまた玉乗りの練習をする気が出てきた』と言いましたら『ああ、よかった、喜んでもらえた! 僕もボランティアで、不幸な人の役にたったんだ!』と、明るい表情で帰っていきました」
会長 「ふむふむ。『お年寄りの話し相手になる』というボランティアをさせてやったというウランティアですな。その青年はきっと明日からの生活にも張りが出て、意欲的な毎日を送るにちがいありません。いや、実にりっぱなことをしなさった。ご苦労さんです。ほな、次は村田さん」
村田 「はい。私は道を歩きながらふらーりふらーりと、今にもこけて車にひかれそうなあぶないお年寄りを演じてきました」 !
会長 「村田さんならではのウランティアですな」
村田 「さよう、このように杖をつきましてな、誰が見てもあぶなっかしい様子で一歩一歩、ふらりふらりと歩きます。なるべく歩道と車道がちゃんと分かれてない、しかも大型車がびゅんびゅん通るような道を歩きます」
一同 「それはほんまに危ない」
村田 「ダンプカーとかが通ったときなんか風がひゅうっと起こりますので、そういうときにごく自然にふわ〜っとこけそうに傾く」
一同 「あぶないあぶない!」
村田 「もちろん、いつもやってるわけやありません。若い、何かボランティアできることないかいなー、何か手軽にできてありがたがられるようなボランティアはないかいなーと探してるような、まじめかつ調子のいい若者が来たときをねらってやります。ふら〜とこけそうになったときに『おじいさん、あぶない!』と助けてもらえたとき、そして『ああ、あんたのおかげで助かった、あんたは命の恩人やあ!』と言うと若者がうれしそうな顔をしたときウランティアをやっててよかったと、しみじみ思うときですな」
文太郎「なるほど。しかし、そううまいこといきますか。ほんまにこけてひかれたりしたら元も子もありませんがな」
村田 「幸い私はこうみえてもクラシックバレエの心得がありまして、片足あげて立ってることなど得意中の得意。若いころなんか『パ・ドゥ・ドゥの村田』と異名をとり、ぶいぶいいわせておったもんです。こういう私やからできることで、みなさんは決してまねをしてはいけません」
会長 「村田さんはこの任務のために最近レッスンを再開されたそうですな。熱意には頭が下がります。では次に岡本さん」
岡本 「私は大したことはしておりませんが、昨日電車に乗ったとき、目の前の若者が席を譲りたそーな顔をしてましたので、その前に立ちました。ところがその若者はかなり屈折した性格であったようで。私が目の前に立つと横を向いて知らんふりをしとる。しかし、ベテランウランティアの私には隠しても無理です。ほんまは譲りたいのに照れてるに決まってます。ここはなんとか席を譲らせたろう思いましてな。『うぉっほん、えええ、えっへん』と咳払いをしたり『ああ、座りたいなー、足が痛いなー、誰か代わってくれへんかいなー』『こういうとき、若いもんが譲ってくれたらうれしいなー』とか聞こえよがしに言いましたが、それでも反応がない。しゃあないので足をこーんと蹴飛ばしてやりましたら、やっと立って席を譲ってくれました」
会長 「ほとんどおどしやな」
文太郎「それはウランティアのためで、ほんまは座りたくなかったんですか」
岡本 「まさか」
文太郎「ようわかりませんな」
会長 「まあよろしいやろ。次、大林さん」
大林 「私はお城の公園の松の木の枝にロープをかけて、輪っかをつくりまして、その輪っかに首をつっこみました」
会長 「まさか首吊り自殺」
大林 「を、装いまして、若者が見つけて止めてくれるのを待ちました」
会長 「ややこしいことする人やな。ほんでどうでした」
大林 「それがなかなか手頃な若者が現れませんで、ロープに首ひっかけたままじーっと3時間ほど待ってました。途中、犬が走ってきて私にぶつかったときなんか危うくほんまに首吊りするところでした。やっと親切な若者が止めてくれたときにはありがたくて涙が出ました。死なんでよかった。もう二度としません」
会長 「あんまりリスクの高いことはやめときなはれ。まあそういうわけで、みんな、今週も任務を果たすためにさまざまな困難をくぐり抜けてきたようじゃ。ご苦労であった。さて、と。ほな今日は新人の文太郎さんも加わったことやし、みんなでウランティアに出かけましょか」
文太郎「え、みんなで出かけるって」
会長 「実は隣町にある老人ホームですが、あそこへ今日はお年寄りの慰問と称していろんなボランティアが来ますのや。やれ手品やとかお琴やとか、コーラスやとかね。それの観客になりますねん」
文太郎「観客てそこの老人ホームには人がいてませんのか」
会長 「いてますけど、なかなかツボを心得た反応をしてくれませんのや。最近の年寄りは耳も目も肥えてますしな。中には最初から『またボランティアかいな』ゆうて部屋から出てけえへん人もいてはるんです。それではせっかく善意で来られたボランティアの人もがっかりやさかいな。わしらが代わりに、と、こういうわけや。ホームの職員さんにはひそかに話をつけてある」
文太郎「ははー、さよでっか」


 というわけでみんなで老人ホームへと繰り出します。ホールにはリボンやモールで飾り付けがされ、折り畳み椅子が並べられてすっかり準備が整っておりまして、そこへ何くわぬ顔してウランティアの面々が座ります。ステージには次々いろんなボランティアグループが登場しますが。


文太郎(小声で隣の宮本に)「あのー、宮本はん、今の手品、あんまりおもしろなかったですな。種も仕掛けもみえみえでしたし」
宮本 (小声で)「ほんまにおもしろかったらプロになってますわ。ほれ、拍手拍手」
文太郎(拍手しながら)「そらそうですな。いやしかし、ここにいてるのん、ほとんどわしらウランティアのメンバーばっかりやけど、ええんかいな。おっと拍手拍手、と」
宮本 (小声で)「あんまり元気に拍手するもんやありません。もっと、年寄りくさく力抜いて…抜きすぎや。今にも死にそうやがな。出演者のみなさんが気持ちよく演奏出来るよう、盛り上げなあかん…盛り上げるゆうてもジェット風船は出さんでもよろしい。ここは甲子園とちがうんやから。もっと普通に、ほどほどに力抜いて、そうそう、その調子。あ、いまのは笑うところです。笑って笑って…笑い過ぎや。あ、ほれ拍手を忘れずに、拍手、拍手」
文太郎(小声で)「人使いの荒いひとやな…えーと、次は子供らの歌かいな」
宮本(小声で)「今度は頃合いをみて泣きます…いきなり大声あげて泣きなさんな。子どもがびっくりしてまんがな。もっと控えめに、目頭をこういうふうに押さえてな。時々うなずくのもおつなもんです、そうそう、いまは遠い、幼い頃がまぶたによみがえる、という図ですな。気持ちを込めて、その調子。はいはい、上出来…何後ろみてなはる」
文太郎(小声で)「会長さん、寝てはりますで」
宮本 (小声で)「まあよろしいやろ。ひとりくらい居眠りしてる人がいてるほうがリアリティーがあるというもんです」
文太郎(小声で)「あ、大林さんは聞いてるふりしてウォークマンを」
宮本 (小声で)「人のことは気にしなさんなて。次はママさんコーラスでっせ。ほれ、拍手拍手」
文太郎(小声で)「けっこう忙しいもんやな。うわー、出てきよった、出てきよった、おばはん、やないご婦人方が」
ママさんコーラスのリーダー「ホームのみなさま、こんにちはあ! 今日は皆様方の心をいやすために、私たち、参りました。つたない歌ですが、どうぞごゆっくりお聞きくださいませ。では最初は『大きな古時計』です。みなさまも、よろしければご一緒にお歌いください。手元に歌詞カードもお配りしております。さん、はい、♪おーきなのっぽのふるどけい〜」
宮本(小声で)「ほれ、一緒に歌いましょ。ん? 文太郎はん、文太郎はん、どないかしましたか?」
 見ると文太郎は椅子の上で固まっております。それもそのはず、ステージの上のおばはん、やないママさんコーラスのメンバーの中に嫁の明子さんが!
明子(歌いながら心の中で)「んままままま、なんでこんなとこにお義父さんが! なにがボランティアで掃除やて、ようまあええかげんなことを! こっちはまじめにやってるのに、おもしろ半分に見物してからに、いったいどういうつもりやろ!!」
宮本 (小声で)「あのー、あのー、文太郎はん、大丈夫でっか?」
文太郎「だだだ、だいじょうぶです。えーと、ひゃひゃ、百年いつも動いていた〜おおおおじいいいさんのおお」
宮本 「なんか震えてはるようやけど」
文太郎「あああ、いいやいいや、とととんでもないそのとーけーい〜」
ママさんコーラスのリーダー「はあい、みなさま、ご唱和くださいましてありがとうございます。いかがでしたでしょうか、私たちのコーラス。そこの方、いかがでしたあ?」
宮本 (小声で)「ほれ、聞いてはりまっせ、文太郎はん」
文太郎「あ、はは、はい」
リーダー「私たち、このようにあちこちにまいりまして、みなさまにいやしとやすらぎをお届けしておりますんですが、あら、お顔色が悪いようでその、まさか、本当は私たちの歌を聞きたくないとか思ってらっしゃいません?」
文太郎「そんなことはウラ(裏)ンティアなだけに…おもてない」



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