その街は紫がかった灰色のれんがを敷き詰めた街路と、やはり同じような色調の壁と木のドアを備えた建物群によって構成されている。それらは一つ一つがはなはだしく個性的で、あるものは天に突き刺さるような鋭い塔を備え、あるものは軟体動物を思わせる複雑な曲線だけでつくられている。坐礁した船を思わせる建物があるかと思うとドアが十いくつも並んだ民家や、二階のほうが一階より倍も大きい商店があったりする。どれひとつとして同じかたちの建物はない。街はひどい不調和の中に調和を保っており、温かさの中にぞっとするような冷たさを持ち、どこか懐かしく、同時に吐き気を催すほどの嫌悪にみちている。遠い昔に栄えて滅びた街のようにもみえるし、はるかな未来から何かの間違いで時空のさけ目に陥り、出現したようにもみえる。
彼はその街を、重く疲れた体をひきずるように歩いている。れんが道に、ひたひたと足音を立てながら。往来には彼以外人の姿はなく、ただ家々の玄関前に置かれたゼラニウムの花がやけに赤い。やがて彼は、一軒の家を見つける。壁一面に色とりどりの貝殻がはめこんである。そして貝殻に囲まれた木のドアを、そっと押し開く。暖かで親密な匂いのする空気が彼を迎える。室内には大きなテーブルが据えられ、何人かの人たちが向き合って座っている。その中から一人の女が立上がり、入り口で突っ立ったままの彼のほうへやって来る。
(帰って来たのね)
(ああ、バジル)
その女の名がバジルだということを彼は知っている。皮膚がいやに青白い。もう若くはなく、体全体がとろんとたるんでみえる。
(おなかがすいたでしょう。すっかり用意はできているわ)
女は鍋の蓋をとる。もうもうと湯気が立ち上ぼり、強烈な匂いが鼻を突く。女はごく自然な動作で鍋の中のものを皿に盛る。
(ほら)
彼の前に差し出された皿には見たこともない野菜や何かの動物の肉がたっぷりと盛られている。
(どうぞ召し上がって)
その時、彼は目の前の女の耳がやけに長く尖っていることに気づき、ぎょっとする。先端は頭のてっぺんより長く、豊かな髪からはみだしている。いや、その女だけではない。室内にいるすべての人間がそうなのだった……。
彼は眼をさました。すると、心配そうに彼を見守る恋人の眼に出会った。やっと夜が明けようとしていた。
「起きていたのか。ナオ」
「また夢をみていたのね。私にはちっとも聞かせてくれない夢を」
ゆうべはナオが泊まっていったのだった。彼は思い出した。ナオの柔らかな肌。朝の新鮮な光。シーツの感触。ふたりの体温で温まったところと、ひんやりと冷たいところ。どちらも好ましかった。彼は安堵した。あの夢の世界はみるみる彼の脳裏から遠ざかりつつあった。
「どうして教えてくれないの。夢のことを」
彼は答えなかった。
恋人を送り出すと、彼はいつものように身支度を整え、地下鉄の駅に向かった。自動改札を通り、ホームで電車を待つ人の列に加わる。すると彼の右肩あたりに女の気配が感じられた。バジルだ。彼は見なくともわかった。長い耳と青白い肌を持つバジルが彼のそばに立っている。だが、その姿は彼以外の誰にも見えていないらしい。
(来るなよ)
彼は手に持った朝刊に眼を落とすふりをしてそっとバジルにささやく。答はない。彼の脳裏にまた、あの街の風景がひろがりかける。紫がかった灰色のれんが道。それを踏みしめる足の感触。(どうにかしなければ)彼は焦り、困惑に眉をひそめる。(このままでいいわけがない)

彼は地下鉄の車両のドアにもたれて立ち、ガラスに映る自分自身を見ていた。そのそばにはバジルが映っている。バジルの体は透明フィルムでできたように、その背後の人々の姿と重なって見えた。いつからだろう。こんなふうにバジルが現れるようになったのは。すると、彼ははるか昔、まだ彼が子供だったころのことを思い出した。
最初のシーンは街に冷たい風が吹き、木の葉を舞い上げる冬の初めのころだ。子供の彼は父親に連れられて、ビルが立ち並ぶオフィス街からいくつかの角をくねくねと曲り、ごみごみした裏通りへ入っていった。そして、ある雑居ビルの前で一つのごく目立たない看板を認めると、父親は足元にぽっかりと口を開いた地下への階段を降りて行った。そこには色褪せた青色の鉄製の扉がある。彼と父親は扉を開き、中に入った。そこが“夢売り”の店だった。
「何か新しいのはあるかね」
丸顔にあご髭をたくわえた夢売りは厳しい顔をして首を振った。
「これが最後です。取り締まりがきびしくなったのはご存じでしょう」
父親はうなずいた。テーブルの上に出されたものを手にとって考えているようだった。幼い彼は背が低く、テーブルの上の状況はわからない。ただ、その「商品」がひどく父親を魅了したらしいことは感じられた。父親は、おそらくはかなりの大金を出して、その夢を買った。
次のシーンは父親がベッドに横たわっているところだ。父親は彼が七才のときに死んだ。その少し前のことらしい。父親は彼を枕元に呼び、言った。
「私はもう永くない」
父親はやせて険しくなった眼で彼を見据えた。彼はその場の緊張感に圧倒されるばかりで何も言えなかった。
「おまえにあげるものがある」
気がつくと、あの夢売りがベッドのそばにいた。父親が目配せすると、夢売りは彼のそばにやってきて、左手で彼のまぶたをこじ開け、右手で何か小さなものを押し込もうとした。
(いやだ!)
彼は何がなんだかわからないまま、本能的な恐怖から声にならない叫びを上げた。だが、それは何の妨げにもならず、夢売りはやすやすとその作業を終えたのだった。それが、あの冬の日、寒々としたビルの地下で父親が買った夢だということは聞かなくとも何となくわかった。当時、すでに人工の夢を楽しむこともそれを売買することも政府によって厳しく禁じられていた。なぜなら、それらの夢には必ず---一定期間の後---“副作用”が現れたからだった。だが、父親は間もなく死に、彼は正確なことを何も知らされないまま成長したのだった。
(おれはそれ以来、数え切れないほどあの夢をみてきた。紫がかった灰色のあの街。迷路のようにれんが道がはりめぐらされ、いつも重い空気がたれこめているあの街を、おれはまるで実在の街のように知り尽くしている。バジルのいる家の隣はやもめ女がひとりで暮らしているし、その隣は足の萎えた婆さんと中年を過ぎて独身の息子が白い犬と一緒に住んでいる。街のいたるところにゼラニウムの鉢植えが置かれ、家の前の道は十分も歩けば港に出るはずだ)
彼はその“副作用”なるものがどんなことを指すのか知らない。夢売りが社会の表面から抹消されてすでに二十年以上の年月が経っている。ごく普通の生活をしているものにとって、夢売りやそれに付随する情報の類いはおよそ現実味をもたないものだろう。だが、一方で、あのころ流布していた「夢」の一部がいまもどこかに存在し、息づいているらしいことは多くの人が認めていた。どこで? どこか自分とは無関係のところで。もし、いまだに人工の夢を保持している人間が身近にいたら? まさか。関わりあいになりたくないね。いや、多分密告するのが市民としての義務だろうさ。そんなところだ。彼は幼い自分が(いやだ)と叫んだ日のことを、その時の自分の感情を今でもはっきりと思い出せるような気がすることがある。すでにそこには非合法の濃密な雰囲気が漂っていた。彼の父親は社会に背いていた。だから、彼は叫んだのだ。(それにしても、あの夢のどこが父親を魅了したのだろう?)
問題は「夢」の装着が夢売りにしかできないことだった。夢売りは単なる販売者でなく、技術者でもあったのだ。あのいまわしい夢を取り除いてくれるのは夢売りだけなのだ。だが、いったいどこに夢売りがいる? いまの社会にそのような職業は存在しないのだ。少なくとも、表面上は。
彼は同僚に名前を呼ばれて我に返った。そこは彼の勤めるオフィスの中だ。
「課長が呼んでいるよ」
彼はうなずいて席を立った。課長は別室で、にこやかに彼を迎えた。
「君は何才だったかね。----君」
「二十九才です」
課長は満足げにうなずいた。
「今度新しくチームができる。例の第7プロジェクト推進のためのチームだ。君にそのリーダーをやってもらうことになった」
「本当ですか」
課長はうなずいた。
「あのプロジェクトはわが社がいま最も力を注いでいるものだ。これは大抜擢というやつだ。しかし、君の若さと実力は十分それに応えるにちがいない」
「光栄です」
「私もそれに伴う異動で部長待遇になるが、君には今後も助けてもらわねばならないだろう。君は最高の部下だ。ただ…」
「ただ…?」
課長は声を落とした。
「私の気のせいならいいんだが、最近、何か悩んでいることがあるんじゃないかね」
彼は少し眉根を寄せ、それから答えた。
「いえ。別に」
「なら結構。今度の抜擢については私も大いに関係している。期待していいね」
「必ず」
「お互いにがんばろう。君は私の部下であり、同時にライバルとなるだろう」
彼らは握手を交わした。彼は自分の幸運を思い、頬が自然にゆるんでくるのを感じた。いまの会社に移って四年しか経っていない。だが、自分がだれよりもいまの仕事に向いているらしいことは感じられた。抜擢は当然だ。まもなく彼は自分よりはるかに年上の人間たちに命令し、思いのままに動かすポジションにつくだろう。俺の人生はきわめて順調だ。---あの夢を除いては。
夢の中では彼はいつも疲れている。街に常に垂れこめている重ったるい空気のせいだろうか。それとも彼は何か過酷な労働に従事しているのか。足をひきずるようにして帰る夕べ、海に近い路地裏では、子供たちが石を投げて遊んでいるのが見られる。石はすべて何かの魚の形になっていて、それを見ると懐かしい気持ちがわく。彼も昔やったことのある遊びだからだ。そばを通り過ぎようとすると子供たちはいっせいに彼を見る。青白い皮膚にうっすら血管が透けてみえるようだ。そして、彼は貝殻のはめこまれた家の前に立ち、木のドアを開く。
(お帰りなさい)
バジルがにっこり笑って彼を迎える。
(お帰りなさい。クローブ)
----俺はクローブなんて名前じゃない。
声に出して言って、彼ははっとする。目の前にナオのおびえた顔がある。そこはレストランの片隅のテーブルだった。彼はナオを誘って食事をしていたのだ。彼はとまどい、汗をぬぐった。
「すまない」
「いいのよ」
ナオは笑ってみせた。レストランは明るい光に満ちていた。くつろいだ気分にさせる音楽が静かに流れ、人々は華やかな衣服をまとい、幸福そうにものを食べ、語り合っていた。何て違いなんだ。あの街と----。不意に彼は話したくなった。何もかも。
「君に隠していたことがある」
「隠して? 何を」
「夢の話だ」
彼はすべて話した。子供のころ、父親と一緒に行った夢売りの記憶。紫がかった灰色の街。青白い皮膚と長い耳を持つ人間たちのこと…。
「君に聞かせたくなかった。君に----嫌われるのが怖くて」
「あなたが悪いのじゃないわ」
ナオはテーブルの上の彼の手をとった。
「夢売りの話は私も聞いたことがあるわ。人工の夢の魅力にとりつかれたたくさんの人がいたことも。あなたのお父さんもその一人だったのね。それだけのことだわ」
明らかにナオは彼を気づかい、いたわっていた。それは意外なことだった。この女は見かけ以上に強靭なものを持っているのかも知れない。彼は思った。
「私はありのままのあなたを愛しているし、愛し続ける自信があるわ。あなたの夢も含めて」
「今後どんなことが起こっても? あいつらは---バジルやその他の耳の長い連中は---少しずつこちらの世界に侵入しつつある。境界があいまいになっているんだ。このままだとどういうことになるか、俺は不安でたまらない。過去にあったらしい『副作用』がどんなものだったかはわからない。だが、深刻なものでなければ禁止措置は取られなかったはずだ」
「心配しすぎじゃないかしら。私も副作用についてはよく知らないけど。大したものではないかも知れないでしょ」
「俺は、何とかして夢売りを探そうかと思っていた」
ナオはぎくりとした顔になった。
「やめてちょうだい」
「なぜだ」
「なぜ…そうね。なぜかしら。危険な感じがしたの。とても危険な感じが」
「今のままでいいと?」
ナオはうなずいた。
「何か取り返しのつかないことが起こりそうな気がするの。危険なことはやめて今のままでいて。たとえどんなあなたになろうと、私の気持ちは変わらないから」
ナオは涙を浮かべて彼を見つめた。潤んだ大きな瞳がきらきらと輝いていた。
(何てかわいい女なんだ)彼はほとんど感動していた。(そうとも。俺だって、たとえどんなになろうとも、この女を愛してゆくだろう)(だが、この女のためにも、俺は夢売りを探さねばならない)
その夜、ナオは彼のアパートに泊まっていき、昼過ぎに出ていった。
電話のベルが鳴ったのは、それから一時間ほど後のことだった。
「もしもし」
「---さんですね」
聞いたこともない男の声だった。やたらと遠いところからかけているような気がした。

「そうですが」
「夢のことでお困りですね」
「何のことかな」
「とぼける必要はありません。事情はよく存じております。盗聴の心配でしたら 無用です」
「だれなんだ。君は」
「あなたのお役に立てると思うものです」
「夢売りか」
「そう思っていただいてもいいでしょう」
彼は緊張した。ごくりと唾を飲み込んだ。
「どうしろというんだ」
「私どもの方に来ていただければよろしいのです。所番地を申します」
彼は声の指示に従い、番地を書き取った。それから、ふと思いついて聞いた。
「それは---その処置はだいぶかかるのか」
「費用のことでしょうか?」
「そうだ」
新手のゆすりだということもあり得る。
「ご心配いりません。これは営利を目的としているのではないのです」
「ボランティア活動だとでもいうのか?」
彼は笑ってみせた。声は動じなかった。
「あなたのお役に立てると思うものです。それ以上は申し上げられません」
電話を切ると、彼は大きく息を吐いた。それから、番地を書いたメモをじっと見つめた。何か裏があるのだろうか? 思いがけない罠があるのではないか? 単純に信じていのか? すると、電話のベルが鳴った。
「もしもし」
「私」
ナオだった。
「どうした」
「あれからずっとあなたのことを考えていたの。お願いだから危険なことはしないで」
「危険なことをする気はないよ」
「それならいいけど。何だか悪い予感がして」
ナオの声は弱々しかった。泣いていたのかもしれない。
「疲れているのさ。ゆっくり休めよ」
「そうね」
彼はつとめてやさしい声で言った。
「ナオ。君は---どんな夢をみるんだい」
少し間をおいて、ナオは答えた。
「私がよくみる夢は、とても恐ろしい夢よ。すべてが---一切がなくなってしまうの。私自身も。その夢をみたときはいつも自分の叫び声で目がさめるわ。心臓がどきどきして、すごく寒いの」
語尾が震えていた。まるでたった今、その夢をみたばかりのように。
電話の声が教えた住所はすぐにわかった。彼は地下鉄の駅を上がり、くすんだビルの建ち並ぶ街区を歩いた。街路樹はすっかり葉を落とし、くしゃくしゃになった落ち葉が冷たい風に舞い上がった。それは彼の記憶の中にあるシーンとよく似ていた。違うのは、今の彼は子供ではなく、たくましい体を持つ二十九才の青年だということだった。夢売りは二十数年の間、同じ場所で彼を待ち続けていたのだろうか? まさか。そんなことはあり得ない。すると、彼の心にまたしても疑念が湧きあがり、無意識のうちに彼の歩みは遅くなった。いいのか? このまま行って。彼はまた、ナオのことを思った。彼女には自分が必要だ。自分の役目は彼女を愛情で包み、恐ろしい夢などみなくてすむようにすることだ。(俺は彼女を守ってやる)いま彼につきまとっている悪夢を取り除くことができたら、彼はナオに結婚を申し込むつもりだった。(これは大抜擢だ。しかし、君ならそれに応えられるだろう)課長の顔も浮かんだ。第7プロジェクト。面白そうな仕事だ。彼にはやるべきことがいっぱいあった。(この世界で生き抜くためには、まずあの夢をどうにかすることだ)そのためには、さしあたってあの電話を信じるしかなかった。他に何があるっていうんだ。
ドアを開けると一人の男が彼を迎えた。
「---さんですね。お待ちしておりました」
男は部屋の奥の方を指し示した。そこには歯医者の治療室にでもありそうな椅子が置かれていた。室内にあるのはほとんどそれだけといってよかった。彼がその椅子に身を沈めると、男が注射器を持って近づいてきた。
「麻酔かね? それは」
「そのようなものです」
「昔も、麻酔をかけてからやっていたのか」
「昔のことは存じません」
注射器が腕に突き刺さるやいなや、彼の意識に空白が訪れた。いや、その空白はところどころまだらのものだった。彼は自分の中から「夢」が取り出されるのを見た、ような気がする。それは生まれたばかりの二十日鼠の赤ん坊の耳のようだった。だが、それは麻酔が覚める寸前の幻覚だったのかも知れない----。
意識が戻った時、彼は粗末なベッドに寝かされていた。
「気がついたのね」
彼の頭上で声がした。バジルだった。
「やっと帰って来てくれたのね。クローブ」
「どういうことだ。これは」
彼は上半身を起こした。
「あなたはこの三年間というもの、夢と現実の間をさまよっていた。危険な状態だったわ。あの、人工の夢のおかげでね。でも、もう安心よ。あの夢は処分されたから」
「ここが---これが現実だというのか?」
バジルはうなずいた。彼は自分の全身が震え出すのを感じた。口の中がからからで声がうまく出なかった。
「ナオは、どこにいる」
バジルは首を振った。
「もう、存在しないわ。どこにも」
「嘘だ!」
彼はベッドから起きた。体がいやに重かった。
「でたらめだ。俺は二十数年前に父親が買った夢を植えつけられたんだ」
「それも夢の中の、いわば人工の過去だわ」
バジルは哀れむような目で彼を見つめた。
「かわいそうなクローブ。でも、じきに忘れるわ。もう人工の夢は製造中止になっているから、二度と苦しい思いをすることもないわ。さあ、こちらに来て」
バジルは隣室のテーブルに彼を案内した。そこには温かな料理がいくつも用意され、銀の食器がきらきらと輝いていた。
「今日はあなたの六十三才の誕生日よ」
テーブルの上の銀のポットに彼の顔が映った。長い耳が白髪だらけの髪の中から突っ立っていた。彼は目をそむけ、わけのわからない叫び声を上げながらドアを開け、外へ飛び出した。
「どこへ行くの? クローブ!」
彼は必死で走っていた。紫がかった灰色の、不安定な建物が建ち並ぶ街を。夢売りを、夢売りを探すのだ。だが、彼の足は鉛の靴を履いたように重く、れんがの道は硬く、第一、どこへ行けばいいのかわからなかった。彼は犬のように喘ぎ、ふらつき、もつれながら走っていた。街には湿った空気が垂れこめ、ゼラニウムの花がやけに赤かった。