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Novels/小説  家族


 家 族

 

「おはよう!」
 午前6時に起きてくるなりパパはぼくとママにキスをした。そのままキッチンに立ち、フレンチトーストとサラダ、コーヒーの食事を作ってくれた。テーブルには朝の光があふれ、食事は申し分なくおいしく、ママはきれいだった。
「さあ、今日はどこに出かけようか」
「あら、いいの? 今日のうちに片づけないといけないお仕事はなかったの?」
「仕事が何だというんだ。今日は家族水入らずで過ごすんじゃないか。遊園地がいいか、それともデパートでショッピング、レストランで食事、それとも郊外へドライブか、何でも望みをいいたまえ!」
「うれしいわ、あなた。ではドライブして遊園地に行って食事してショッピングしましょ!」
「おやすいご用さ。では支度するんだ! ぐずぐずするんじゃないぞ!」

 すばらしい一日が始まった。パパの運転する車は5月のさわやかな風とともに住宅街から丘を駆け、森を抜け、ラベンダー畑を下り、海沿いの道を走り、かと思うと都心の混雑の中をすいすい通り抜けた。行く先々でいろんな人々、いろんな出来事、わくわくするような驚きや発見がぼくたちを待っていた。ぼくもパパもママもよく笑い、よく食べ、飲み、歌い、思う存分おしゃべりした。でも、まだまだ足りなかった。家に帰り着いてからもぼくたちはリビングに集まり、あれやこれや思い出してはおしゃべりを続けた。
「ああ楽しかった。ランチもディナーもおいしかったし、あのジェットコースター最高、また行きましょ。あら、ワイン飲み放題だったのにもっと飲めばよかった。そういえばこの間買った青い幾何学模様のスカーフをしていこうと思ったのに忘れてたわ」「すれ違った車の窓から犬が首出してたね、ほら、遊園地の手前の。ぼくも犬、飼いたいな。アイスクリームはやっぱりダブルサイズにしとけばよかった。ゲームももっとしたかったな」「あのショッピングセンターの裏手の池ではでかい魚が釣れるらしい。今度は釣り竿持参だ。フィッシングベストとキャップが必要だな。カメラもやっぱりほしいな」「雑誌に載ってたあのカフェ、今度こそ行かなくちゃ。それからキッチンの窓用カーテンを」「遊園地では実はお化け屋敷に入りたかったんだよ。そうだ、今度はお弁当持っていこう。パパが作ってやるよ。それとも」「ねえねえ宇宙船XX201のプラモ、限定版なんだって」
 誰も彼もあまりにも一生懸命しゃべるので疲れてきた。だんだん言葉に力が入らなくなってきた。いや、それは疲れたからだけじゃない。寝る時間が近づいているのだ。
「ねえあなた、うちも犬を飼うべきかしら」
「犬ねえ。だれが世話するんだ」
「もちろんぼくだよ」
「おまえ、無理だろ。よく考えなさい」
「でも…」
「確かによその家みたいなわけにはいかないわね」
「ロボット犬じゃだめなのか」
「生きた犬が飼いたいんだ。毛のふわふわした犬」
「そんなことを…言っても」
「なんだか急に眠く…なってきたわ」
「パパもだ…いや、まだだいじょうぶだ。おまえたち、他に話しておくべきことはないのか。いま…なら」
「ええ、私も…私もだいじょうぶよ。犬…犬はどうしましょ…」
「パパ、ママ、いいよ、次のときにまたみんなで話し合おう!」
「次って…いつ…だっけ」
 ぼくはカレンダーを見た。今日は5月9日。もうすぐ10日になるけど。
「5月21日にパパとママで話し合っておいて。ぼくはまかせるよ」
 聞こえたのか聞こえないのか、パパもママもその場で寝てしまった。年齢のせいで、ぼくより疲れがこたえるのだろう。
 ぼくはひとり残され、すうすう寝息をたてる二人を見ていた。どうして、ぼくたち家族はこうなんだろう? パパは生まれつき1日起きていると次の2日は死んだように眠らなければならない体質。つまり3日のうち1日しか起きていられない。そんなパパが同じように4日のうち1日しか起きてられないママと出会って結婚した。ふたりがそろって起きていられるのは12日に1日だけなのだ。パパはママを、ママはパパをとても愛しているから、一日でも一緒にいたいのに、でも、それができないのだ。よその家ではそんなことはない。家族は、夜が来てみんなそれぞれ眠りについても、朝が来ればまたみんな目覚め、一日をともにすることができるのだ。それがどんなにすばらしいことか、もちろん、みんな考えたこともないだろうけど。
 ぼく自身もいまは急速に近づいてくる眠気の予兆のようなものと闘っていた。もう残り時間があまりない。ふと、パパとママを見ると、ふたりは顔を向き合わせ、手の指先がかすかにふれあうように眠っていた。口元にはほほえみさえ浮かべて。ぼくははっとした。
 パパとママがともに起きている日は12日に1日しかない。でも、残り11日のうち、6日間はふたりとも眠っている日なのだ。ひょっとしたらその6日間は、ふたりとも同じ世界にいるのかもしれない。たとえ、目覚めたときにその世界の記憶がないとしても。
 そのことに気づいて、ぼくはほんの少し、気持ちが楽になった。ああ、そういえばママが前に言ってたことがある。ずいぶんむかし、ぼくが生まれるよりずっとずっと前だけど、なんとかいうテレビ番組があったそうだ。なんだっけ…「夢であいましょう」だっけ? いや、そんなことより、いまのうちに片づけと戸締まりをしておかなくちゃ。あといくらもしないうちに、脳天を巨大なハンマーで殴られるような強烈な眠気がぼくを襲う。そうなったらもはや抗うことはできず、ぼくは4日間の眠りにつかなければいけない。そう、ぼくは生まれつき1日起きてると4日寝ていないといけない体質なのだ。5日後の5月14日にぼくが目覚めてもパパもママも眠っているだろう。その次の19日もだ。21日はパパとママは起きているがぼくは眠っているだろう。パパとママとぼくと、3人が次にそろって起きている日は60日後の7月8日なのだ。そのとき、ぼくは犬を飼えるようになっているだろうか。アイスクリームのダブルサイズを食べられるだろうか。宇宙船のプラモは



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